チーズ あ・ら・か・る・と

北海道のチーズの歴史や、豆知識集です。

酪農のルーツは白牛、「白牛酪」を製造

八代将軍徳川吉宗の時代に、外国から輸入した白牛(牡1頭、牝2頭)を飼ったのが、日本の酪農の始まりといわれています。「サイロ博物館」(新穂栄蔵著)に紹介されています。その牛乳から「白牛酪」を作って日本橋の玉屋で売ったそう。牛乳を精製した濃厚な甘みの液「醍醐」に似たようなもので、滋養に富んでいたそう。

北海道最初の牛は白牛

1684年に、渡島の白神岬に一頭の白い牛が泳ぎついたというのが北海道で一番古い記録のよう。以下は「更科源蔵、北海道事始め」からの引用になります。。牛乳が最初に絞られたのは江戸の終わり、アメリカの貿易事務官ライスが函館にやってきて、お寺で搾乳したといいます。明治6年(1873年)にはアメリカからの輸入牛が道南の七重勧業試験場に導入されています。
チーズの作り方を道内に教えたのは北海道畜産の土台を作ったエドウイン・ダンとされています。七重試験場で試作したのが始まりとされています。
本格的にチーズ製造は行われたのは、1900年ごろ、函館のトラピスト修道院でのことでした。

北海道酪農の父エドウィン・ダン

北海道開拓使が購入した牛42頭、羊100頭を伴って明治6年に来日したエドウィン・ダン。開拓顧問のホーレス・ケプロンの招請でした。ダンは函館の七重勧業試験場で農業技術を教え、クラーク博士を助けて札幌農学校の教育にも当たりました。チーズの作り方を伝えたのもダンです。後の町村牧場は、ダンに薫陶を受けた町村金弥の長男・敬貴が開設したものです。(サイロ博物館=新穂栄蔵著)

乳用牛といえばホルスタイン

ホルスタイン・フリーシアン種

乳用牛の代名詞、ホルスタインが初めて北海道に入ってきたのは明治23年のことです。日本への導入が明治16年といいますから、それから遅れること7年後のことです。
原産地はオランダや品種名の由来となったドイツのホルスタイン地方。正式にはホルスタイン・フリーシアン種といいます。
ホルスタイン種の産乳能力は年間6000-8000kg。中には年に2万kg以上を生産するスーパー・カウもいます。十勝では年間2万6000㎏を生産した牛がいました。
道内で、乳用牛は約85万頭飼われています。このうち約25%を占める22万頭が十勝で飼養されています。

十勝の酪農の祖・依田勉三

百年記念館提供依田勉三北海道視察出発の際

十勝の開拓の祖として知られる依田勉三は静岡県松崎町の出身。1884年に入植し、大樹町のオイカマナイでホルスタイン種などを導入して牧場経営に当たりました。
依田勉三の合資会社晩成社の記録では1891年には乳用牛100頭を飼い、繁殖と乳製品、肉製品の製造事業に当たりました。晩成社の練乳所が製造したバターはマルセイバターとして知られ、帯広市の製菓会社の代表的銘菓マルセイバターサンドに名を残しています。

十勝はチーズ王国

十勝には、中小の工房のほか、大手乳業メーカーの大規模チーズ工場が集中しています。なかでも十勝ブランドを冠しているチーズ製品で知られる明治乳業十勝工場(芽室町)は、国内最大級の規模を誇ります。
また、よつ葉乳業の十勝主管工場(音更町)、ナチュラルチーズ専門工場の雪印乳業大樹工場(大樹町)で生産が行われています。
北海道十勝支庁のまとめによると、ナチュラルチーズの十勝管内の年間生産量は、約2万6000トンで全国の約半分を占めます。それに使う牛乳の量は22万トン強に及びます。まさに十勝はチーズ王国です。